神木隆之介の良い役と悪役の舞台裏……イメージ崩壊しても関係ない!

写真:シネマカフェより

今も「学校のカイダン」で出演し、「カッコイイ」・「もう最高~!」・「イケメン過ぎる!」と女子は勿論、僕も男としてイケメンと思う神木隆之介ですが、悪役を演じることが増え、「神様の言うとおり」でも狂気の演技を披露したわけですが、こうやって学校のカイダンでも女子のツィートが男として羨まし過ぎる位にそういうイメージは関係ないとも思えます。

でも僕は、確かに「演じろ」と言われれば演じるのが俳優と思いますが、それでも神木隆之介がそういう役も演じるのは、他にも理由があると思います。

出生当初の出来事

出生当初は大病を患って体が弱く、「助かる確率は1%だったらしい」と本人は語っています。

「セントラルグループ・セントラル子供タレント」へ2歳の時に入団したのが神木隆之介の芸能界入りのキッカケなんですけど、実はそれをさせたのはお母さんなんですね。

お母さんが「生きている証を残したい」と入団させたのだそうです。

助かる確率が1%なら、物心ついてないとしても、少なくとも親はその証を何らかの形で残したいと思うのは当たり前でしょう。
それが家族との触れ合いだけに留まろうがそうでなかろうが、それは本人と周りに人の考えであって、とやかく言えるものではありません。

生きている証を残したい、それをどういう形でというのは人それぞれだけれど、神木隆之介が今になってその大病を克服し、自分がそういう出生当初の出来事を知って今に至る間に、そういう形を通して芸能界に入ったのなら、生きている証としてのキッカケである芸能界に今いる自分も「生きていること」そのものへの証明だし、みんながそれを観てくれるのは存在の証明だと思うのです。

逆効果が奏効している

僕だったら、そう、自分が神木隆之介の立場だったら、本当は生きていられなかった可能性が圧倒的に高かった中から生きていられることへの感謝や喜びとして、今ある環境がその証明を果たしてくれているのなら、むしろ悪役も大歓迎ですね。

神木隆之介がイケメン故に良い役、爽やかな役をやるのは全く問題ないじゃないですか。
むしろブサメンと呼ばれる人がそういう役を演じるのはそのギャップが逆に効果を生まない限り無理ですよね?

でも、この神木隆之介のイケメンさと爽やかさが逆にギャップとなって周りから色々言われること自体が相乗効果を生むし、(僕だったら)そんな周りの反応が逆に嬉しいです。
「自分はいつもイケメンで爽やかな役ばかりじゃないんだ、こういう役もやるんだ」ってね。
それこそが、爽やかささけでなく、酷さ、醜さも持った「人間」そのものであって、「今も生きてる」証明じゃないでしょうか?

まぁ、今の女子ならそんなこと関係なく神木隆之介に熱い眼差しを向けるでしょうけど、もしずっと俳優業を続けるのなら、こういう部分というか、考え方というか、生き方って、将来も役者として財産になると思うんですよね!

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