米倉涼子のドクターXでの「なり切る」ということ……高倉健との考察

写真:テレビ朝日より

神木隆之介の記事で、彼が悪役を演じることについて書きました。

神木隆之介の良い役と悪役の舞台裏……イメージ崩壊しても関係ない!
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書きながら思ったのは、米倉涼子がドクターXの第3シーズンを演じる時のことと、高倉健との考察です。

本当は素晴らしい方だし、尊敬すべき偉大な方なので「高倉健さん」と書くべきですが、ブログでは等しく扱いたいので略称させて頂きます。

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米倉涼子はドクターX第3シーズン出演に難色を示していた

これはシーズン公開前に言われてたことですが、結構難色を示していたそうです。
あれだけ癖のある役柄(大門未知子)を演じれば、その後の自分が何を演じても大門未知子を通して観られたフィルターと同じフィルターで観られることを恐れたそうです。
演じ切る、役そのものになる、それが俳優・女優業ですから、大門未知子になってしまえば、あの個性がドクターXが終わっても自分にまとわりつくことを恐れたのでしょう。

そういう「キャラの定着」で成功した人もいれば、失敗した人もいます。
米倉涼子は後者の方を考え、最初は難色を示しながらも、結果的には出演オファーを受け入れ、今にして考えれば第3シーズンは終わり、面白くて素晴らしいものとして完結しました。

米倉涼子がオファーを受け入れたのは、「自信が付いた」からです。
大門未知子を演じることは勿論、その後そのイメージが引きずろうが新たなイメージが自分に定着しようが、自分の軸が変わらない自信、今後どんな役にも挑戦し、女優として存在感を維持し、高めていく自信が付いたということでしょうね。

自分そのものがある意味「役」だった高倉健

任侠路線から出て、自分を模索し、それまでのイメージとは全く違う自分を作品の度に観せていった高倉健。
八甲田山では物凄く過酷なロケをし、自身も足に軽い凍傷を負うど、本当に「なり切る」・「演じ切る」を突き進んだ高倉健。

勿論映画で様々な役柄を「なり切って」演じるわけですが、高倉健自身が既に役として存在しているというか、彼の真っ直ぐさ、実直さ、優しさ、不器用な所、そういった所が配役の上にあるというか、存在自体が役であり、存在自体がシーンであり、セリフは勿論、黙っているところさえも間となってセリフになってるとさえ思えるのです。

そこまで行けば本当は何も怖いものはないはずですが、逆にそんな自分でいつづけることがとても大変だったと思います。
ある意味それは時に自分にニヒルを命じ、ストイックを命じ、僕らの見えない所でたくさんの苦労があったと思うし、でも同時に亡くなった今では撮影現場での温かいシーンや色々なエピソードも聞けたり、確かにどっちにしても凄い人なんですけど、神木隆之介から米倉涼子を思い出し、そこから高倉健を思い出し、つなげていってつい書いてしまいました。

俳優も女優も大変だとは思うけれど、僕らも自分の人生で自分を演じ切らないといけないわけですから、色々考えさせられたし、良い方向に持っていかないといけないなと思いました。

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